2000年代に「抵抗勢力」のイメージを固め、身動きが取れなくなった情シス部門は、2010年代に入り、「未来への希望(クラウド)」と「過去の慣習(たとえばExcelマクロ)」という二つの巨大な力に板挟みとなり、完全に構造的なフリーズ状態に陥りました。この時代こそが、現代のDX停滞を決定づけた、最も絶望的な転換点であり、組織が自ら世界と永遠に断絶する道を決定づけた「構造的フリーズ」が完成しました。
1. クラウドの到来と「構造的な拒絶」の完成
2010年代は、Amazon Web Services (AWS) や Microsoft Azure といったパブリッククラウド、そしてSalesforceやWorkdayなどのSaaSがグローバルで爆発的に成熟した時期です。世界は「IT資産を所有する」時代を終わらせ、「サービスとして利用し、変化に迅速に対応する」というアジャイルな経営へと舵を切りました。
しかし、日本の情シス部門は、この潮流を組織的に拒絶しました。
- 無謬性の文化」 vs. 「試行錯誤」: クラウドの導入は、システムが外部に置かれることによる「セキュリティ・リスク」を意味し、カスタマイズ性の低いSaaSは「一度決めた業務プロセスが崩壊するリスク」を意味しました。情シスは、過去の歴史から培われた「絶対安定の執着」を盾に、「リスクはゼロにしなければならない」という論理でクラウドを拒否しました。
- Apple・Googleの「切り捨て文化」への拒絶: この時期に台頭したAppleやGoogleのサービスは、企業のレガシーシステムとは真逆の「過去をばっさり切り捨てる」「後方互換性を考慮しない」文化を持っていました。これは、「システムは絶対に止めない、過去の資産は守り通す」という日本の情シス担当者の本能的な規範に真っ向から対立するものであり、「あんなものは企業ITではない」という心理的な抵抗を決定的にしました。情シス担当者にとって、変化への適応は「過去の自己否定」と同義であり、到底耐えられない恐怖だったのです。
- 愚かな技術判断とハブアンドスポークの完成: 当時、情シス内部では「せいぜい数万人ユーザー規模の小規模なデータセンターの管理のほうが、クラウドの超大規模な管理よりも効率が良くセキュアだ」という、今となってはお笑い草の愚かな結論が出されました。この誤った技術判断に、どれだけのムダな時間とコストが費やされたことでしょうか。同時に、ネットワークのデザインにおいても、「ハブアンドスポーク」構造を極限まで突き詰めました。この構造の背景には、「中央で集中管理することが、外部攻撃への防御を一手に担う唯一の方法である」という強固なセキュリティ幻想に身を委ねることで、外部脅威への責任を回避したいという切実な意図がありました。しかし、この集中管理構造は、将来の「ゼロトラスト」や「クラウド分散」といったグローバル標準への移行を物理的・論理的に阻害する悲劇の序章となったのです。
- ムダとROI管理機能の放棄: そもそも、この「ムダを許容する文化」の源流は、情シスがコストセンターに転落し、IT投資の「番人」としての機能を放棄したことにあります。かつて主管部(ユーザー部門)が潤沢な予算を背景に巨大システムへ好き勝手に投資していた時期、情シスはROI(投資対効果)の追求を放棄し、ムダに対して「ムダだ」と言い切れなくなりました。この主体性の放棄が、情シス自身が「ムダの温存」を容認する体質へと繋がったのです。
- 東日本大震災後の皮肉: 2011年の東日本大震災後の事業継続計画(BCP)意識の高まりも、クラウド活用には繋がりませんでした。「外部にデータを置くこと自体がリスク」という従来の閉鎖的な論理が優先され、BCP強化とクラウド導入が結びつかないという、世界から見て特異な状況が生まれました。
2. 「Excelマクロ依存症」の完成と負債の爆発的増加
この時代、情シスの最大の敵はメインフレームではなく、現場のPCに潜む「Excelマクロ」となりました。
- ローカル依存の定着と文化の固定: 1980年代から情シスが放置してきた現場のローカル業務は、複雑に組み上げられたVBAマクロとして**「属人化されたノウハウ」と化していました。マクロの作成者が異動や退職することで技術伝承は完全に途絶し、現場の担当者自身もマクロの修正はおろか、触ることすらできないという病的な状態が蔓延しました。ファイルはローカルに保存され、「セーブが当たり前」の文化を捨てることができなかったため、日常業務のWebアプリ化は、この頃に決定的に阻まれたのです。
- M365導入の悲劇と日常業務のフリーズ: 多くの企業がMicrosoft 365 (M365) を導入し始めましたが、このExcelマクロ病がDXを根幹から破壊しました。情シスが最も恐れたのは、「マクロがクラウド環境で動かなくなり、現場から猛烈なクレームを受けること」でした。結果、データはローカルに保存され、「セーブが当たり前」の文化を捨てることができなかったのです。
- M365への一票の理由(苦渋のトレードオフ): M365、特にE3/E5のようなエンタープライズ環境は、情シスにとって**「Windows 95の頃からの資産(Excel文化)の維持」と、「クラウドでありながら強固な管理機能によるセキュリティ確保」という、二律背反の要求を両立させる苦渋の選択に見えました。グローバルなAWSやSaaSではなく、管理下に置けるM365に一票を投じたことは、過去の業と現在のリスクを天秤にかけた、構造的な必然であったと言えます。当時、このサービス提供に携わったプロフェッショナル(私もその一人でした)は、「全社的な安定供給とセキュリティレベルの引き上げ」という「善」と、「ローカル保存という将来的な脆弱性の温存」という「悪」のトレードオフを承知の上で、組織に要求された「最低限のリスク回避」を選びました。この「良い面と悪い面」を同時に生み出した経験こそが、この時代の情シスに深く刻まれた「業」なのです。
- Microsoftのオープンさの喪失: 加えて、このM365への移行は、Microsoft自身がかつての「オープンさ」を失い始めた時期と重なります。セキュリティとクラウドへの移行を優先するMicrosoftは、VBAマクロに対するサポートや寛容性を徐々に縮小させ始めました。情シスは、依存したベンダー自身から、慣れ親しんだ技術の否定という形で、再び「裏切り」を受けることになり、身動きの取れないジレンマに陥りました。
- 「ムダ」の聖域化、そしてランサムウェアの予言: このローカル保存への固執により、DXが目指すはずの日常業務のWebアプリ化やデータ連携は決定的に阻まれました。情シスは「現場の生産性を高める」という名目でM365を導入しながら、非効率な慣習(PPAPなどを含む)を新しいクラウドの器に持ち込むという矛盾を犯し、非効率性が「聖域」として温存されてしまいました。さらに、このローカル環境へのデータ分散は、クラウドの堅牢なセキュリティ防御の恩恵を自ら放棄することを意味します。この「自己選択した脆弱性」こそが、後に現実化した「ランサムウェア」による重大なセキュリティ被害の連鎖を不可避なものとした、最も痛烈な悲劇の予言となったのです。
3. DXへの「絶望的な転身要求」と情シスの疲弊
2010年代後半、経済産業省が「2025年の崖」としてレガシーシステム問題を社会的な課題として公言し、「DX」が国家的な号令となりました。
- 「2025年の崖」の本質的なギャップ: 経営層は、この「崖」を「DXを推進するためのスローガン」として捉えました。しかし、この崖の本質は「レガシーシステムという、かつてDXとは真逆の考え方で作られた墓場が、ついに維持管理の限界を迎え、崩壊寸前にある」という、守りのITの崩壊にあります。DXの必要性(未来の創造)と、崖の危機(墓場の葬送)の間には、絶望的なギャップが存在するのです。経産省の言うような「刷新」は、過去の「ブラックボックス・リプレース」の反復であり、同じ過ちを繰り返すことを意味します。必要なのは、未来永劫の負債を生み出さないための「葬送」であり、既存の構造を徹底的に「解体」することです。
- 構造的な不公平さとDXの不可能性(最も重要な批判): そもそも、DX推進の鍵となる「自発的なプロダクト開発」「プロフィット創出」といった能動的なミッションを、現在の情シス部門に担わせること自体が、倫理的にも構造的にも無理があるという事実と向き合わねばなりません。 過去にコストセンターの烙印を押され、社内の主管部の言いなりになり、ROIも考えず、開発・運用を「させられていた」情シスに、この「やられっぱなし」の状況で、自発的な変革を期待できるはずがありません。よって、「2025年の崖」の解決(墓場の葬送と解体)と、「DXの推進」(未来の創造)を、同じ部門に同じ構造の下で結びつけること自体が不可能です。
- 経営層の責任と信頼回復の絶対条件: この構造的な不公平さを打破し、DXを成功軌道に乗せるためにまず必要なのは、かつての判断ミス(情報子会社化、技術の外だし、ROI放棄)を下した当時の役員たちの猛省と謝罪です。 この組織的な信頼回復の儀式がなければ、他の部門は「どうせまた情シスみたいになるんでしょ?」と、新たなDXプロジェクトへの参加を本能的に拒否します。この過去の業への責任回避こそが、現在のDX推進を阻む最大の障壁なのです。
2010年代は、情シスが「過去を捨てられない」という業によって、グローバルな変革の波から完全に隔絶され、現代の「DXの壁」としての最終的な姿を完成させた10年間でした。
