野村です。
私がプロジェクトマネジメントとプロダクトマネジメントの道に進んだ原点は、プロダクト開発で、とんでもない金額の損失が出そうになった経験です。その話は、個人向けのサイトの記事「私はなぜ、プロジェクトマネジメントとプロダクトマネジメントを23年間も続けているのか」に書きました。その記事で私は、当時、小さな失敗と大きな失敗の両方に関わったと書き、大きな失敗のほうだけをお話ししました。
今回は、小さな失敗のほうです。しかし、これがもう一つの原点になりました。ものすごく地味ですが、怖い話です。
現象を検知するプロダクト
当時、ある現象を検知するプロダクトの開発が進んでいました。
今では、この種のものは当たり前になっています。ほぼ無料で提供されているか、月額数百円程度で使える、コモディティ化したものです。しかし当時は、まだ新しい技術でした。ウォードリーマップでいえば、左寄りにある技術です。
ウォードリーマップは、サイモン・ウォードリーが考案した地図です。事業を構成する要素を、進化の段階に沿って左から右へ並べます。段階は四つあり、左から、誕生(Genesis)、特注(Custom-built)、製品(Product)、コモディティ(Commodity)です。左寄りとは、生まれて間もないか、まだ一つずつ作り込む段階にある、ということです。
スマートフォンもまだない時代で、PC用のプロダクトでした。
開発は、内製に近い環境で行われていました。外部に丸ごと任せるのではなく、自分たちで顧客と話し、自分たちで作る。今でいうDXのようなことを目指していたのです。
数か月の対話
開発の担当者は、顧客候補と数か月にわたって対話を重ね、その上で要件定義を行いました。今なら要件定義という進め方はしませんが、アジャイルという言葉も、まだ一般的ではなかった頃です。
作っていたのは、機能を一つに絞った小さなプロダクトです。今でいえば MVP(実用最小限の製品)にあたります。小さなプロダクトですが、開発には数百万円規模の費用がかかりました。月額の利用料で回収する計画でした。
担当者は元気よく開発を進めていました。周囲も盛り上がっていました。私は、少し離れた立場から見ていました。いや、どちらかといえば応援していました。
8割方できたところで
開発が8割方進んだところで、顧客に触ってもらいました。
顧客の返事は、「いらない」という冷たいものでした。
「検知」の二つの意味
原因は、「検知」という言葉でした。
プロダクトを作る側は、検知を文字どおりの意味で考えていました。その現象を検出して、知ることができる、という意味です。
顧客の側は、違う意味で考えていました。その現象が発生する前に、兆候がわかる、という意味です。
作る側にとっての検知は、起きたことを知ることでした。顧客にとっての検知は、起きる前に知ることでした。この一語の取り違えによって、プロダクトは「いらない」ものになりました。
誰も気づかなかった
ばかばかしい話だと感じたかもしれません。
しかし、大の大人が、それも比較的優秀な人たちがそろって、誰も気づかなかったのです。良い雰囲気で、何度も顧客と打ち合わせを重ねてきたのに、顧客の側も、こちらの側も、誰も気づきませんでした。
同じ言葉を使っている限り、打ち合わせの場では食い違いが表に出ません。双方が、自分の意味で納得していたからです。食い違いが表に出たのは、顧客がプロダクトに触った、そのときでした。
使ってもらうまで、わからない
近くで見ていた私にとって、これはとても衝撃でした。
使ってもらうまで、わからない。 このことが、私の中に深く埋め込まれました。
これが、私の事業開発、プロダクトマネジメント、デジタル変革の原点です。
そこから、顧客開発へ
この経験から、私は、事業全体をテストしていく考え方に傾倒していきました。テストを繰り返し、大失敗を防ぐ。テストをして、買ってもらってから投資をする。スティーブ・ブランクの顧客開発モデルです。
顧客開発モデルは、ブランクが『アントレプレナーの教科書』(原題 The Four Steps to the Epiphany)で示した進め方で、四つの段階からなります。
- 顧客発見:顧客とその課題についての仮説を、顧客と直接話して確かめる
- 顧客実証:実際に買ってもらえるか、繰り返し売れる道筋があるかを確かめる
- 顧客開拓:確かめた道筋に沿って、需要を広げる
- 組織構築:検証のための組織から、事業を運営する組織へ移る
前の二つで確かめられなければ、仮説を立て直して最初に戻ります。製品を作り込み、組織を大きくするのは、そのあとです。
いま私が、デザインスプリントで、作り込む前に試作品を顧客に触ってもらうことにこだわるのも、同じ理由です。数か月の打ち合わせでは見つからなかった取り違えが、触ってもらった瞬間に表に出る。その場面を、私は一度、見ています。
