野村です。
このサイトでは、デザインスプリントについて「半年議論しても決まらなかったことを、5日で決める」と書いています。私が最も強く主張していることの一つです。強い主張には、説明が要ります。今回は、なぜそれが起きるのかを書きます。
原典は、どう説明しているか
先に、原典を確認しておきます。
デザインスプリントは、ジェイク・ナップが2010年に Google で考案し、Google Ventures(現 GV)で磨いた方法です。2016年に書籍『Sprint』にまとめられ、日本では翌年『SPRINT 最速仕事術』として翻訳されています。現在は、ナップとジョン・ゼラツキーが創業したベンチャーキャピタル Character Capital のサイトで、公式のガイドが公開されています。
ガイドは、冒頭でこう定義しています。
The Design Sprint is our five-day workshop for testing new ideas with real customers.
(デザインスプリントは、新しいアイデアを実際の顧客で試すための、5日間のワークショップです。)
骨格を、要点だけ挙げます。
- チームは7人以下。
- 意思決定者(Decider)を1人置く。ガイドは「意思決定者がいなければ、決めたことは定着しない」と書いています。
- ファシリテーターが、時間と会話と全体の進行を管理する。
- 月曜に地図を描き、火曜にスケッチし、水曜に決め、木曜に試作し、金曜に5人の顧客でテストする。
- 金曜の終わりに、意思決定者が、あらかじめ立てた問いの一つひとつに「はい」か「いいえ」を一つ選ぶ。
使う場面について、ガイドは「失敗したときの影響が大きいとき、時間が足りないとき、あるいは単に行き詰まっているとき」としています。
日本語での手順の紹介は、「デザインスプリントとは?」のページにまとめています。この記事では手順を繰り返さず、なぜ決まるのかに絞ります。
「決まる」とは何か
ここで、言葉をそろえておきます。
この記事で「決まる」というのは、進むか止めるか(GO/NO-GO)を、根拠をもって判断できた状態を指します。原典の手続きでいえば、金曜の終わりに、意思決定者が問いごとに「はい」か「いいえ」を選んだ状態です。
次のものは含みません。
- アイデアが正しいと証明されること
- プロダクトが完成すること
- 全員が賛成すること
「止める」と決めることも、決まったうちに入ります。むしろ、作り込む前に止められることに、大きな価値があります。
半年の議論は、何を材料にしているか
大きな組織では、半年議論しても、進むか止めるかが決まらないことがあります。会議を重ね、資料を作り直しても、決まらない。私は、半年以上も議論が続く場面を、数多く見てきました。
なぜか。判断の材料が、社内にしかないからです。
社内にあるのは、意見と、前例と、力関係です。会議のたびに、同じ材料が並べ替えられます。新しい材料が入らないので、何度並べ替えても答えは出ません。確証のないまま、声の大きな意見が通ることもあります。
もう一つ、誰が決めるのかが、はっきりしていないことがあります。合議で決めようとすると、反対が一つでも残る限り決まりません。
なぜ、そうなるのか。無謬性に支配されているためです。議論し、合議で決める文化は、無謬性(組織は間違えない、間違えてはならないという前提)の文化に支配されています。
5日間が変えるのは、材料と、決める人と、時間
デザインスプリントが変えているものは、大きく三つです。
一つめは、判断の材料です。社内から顧客へ移します。 4日目に、作り込まない試作品を作ります。動く製品である必要はありません。原典は、顧客の正直な反応を引き出すのに、ちょうど足りる品質でよいとしています。5日目に、それを5人の顧客に一人ずつ試してもらい、感想ではなく行動を観察します。ここで初めて、社内にはなかった材料が机の上に載ります。
すると、社内で合議を重ねているよりも、あっさりと結論が出ます。原典にも「5人の顧客にインタビューすれば、大きなパターンが浮かび上がる」とあります。顧客の行動を前にすると、社内の意見の対立は、多くの場合それほど意味を持たなくなります。
二つめは、決める人です。一人に置きます。 初日に、意思決定者を決めます。全員で十分に議論し、投票もします。しかし、最後に決めるのはこの一人です。原典では、意思決定者は投票の結果に従う義務がありません。投票は意見の分布を見えるようにする手続きで、決めるのは人です。合議で薄まった案ではなく、責任の所在がはっきりした案が残ります。
三つめは、時間です。区切ります。 5日間、他の仕事は持ち込みません。一つひとつのワークにも、タイマーで時間の区切りを設けます。原典は「厳しい時間割が、スプリントという進め方への信頼をつくる」と書いています。期限のない議論は、いくらでも延ばせます。期限があると、そろった材料で決めるしかなくなります。
加えて、案を出す段階では、会議室で意見を戦わせません。各自が黙って、解決案をスケッチします。名前を伏せて壁に貼り、案そのものを比べます。原典は、開かれたブレインストーミングでは声の大きい人が勝つ、としています。声の大きさで案が決まる状態を、手順の側で避けています。
ファシリテーターとしての私の仕事は、時間を守ることと、手順を崩さずに進めることです。中身には触れません。このことは、別の回で書きます。
削減しているのは、ムダな議論
デザインスプリントで削減しているのは、ムダな議論です。ここでいうムダな議論とは、新しい材料が入らないまま繰り返される議論のことです。
ムダな議論そのものも損失ですが、より大きな損失はその後に来ます。
長い議論のあと、ようやく「作ってみよう」となり、PoC に予算がつく。PoC(Proof of Concept)は、技術的な概念実証です。確かめているのは「作れるか」であって、「顧客に求められるか」ではありません。技術的には作れると分かり、開発が進む。そこで初めて顧客に見せて、「これは違った」と分かる。多額の損害が出るのは、この順番のときです。
デザインスプリントの試作品は、PoC ではありません。プロダクトマネジメントでいうプロトタイピングは、ビジネス実証です。確かめるのは、顧客がそれを求めるかどうかです。作り込む前に、顧客に当てる。早い段階で顧客テストを行うので、多額の損害を出すリスクを大きく減らせます。
原典のガイドも現在、デザインスプリントを、AIでプロダクトを作るコストがゼロに近づくなかで「何を作るべきかを決める」ための方法として位置づけています。作れるかどうかは、ますます問題ではなくなっています。
5日目に、結論が覆ることもある
5日目の顧客テストで、それまでの結論が覆ることがあります。これは失敗ではありません。作り込む前に覆ったのであれば、それがこの5日間の成果です。
原典は、試作品は「効率的な失敗」か「不完全な成功」かもしれない、と書いています。どちらであっても、次の一歩に必要なことは分かります。
テストのあと、各自が所感と次の一手を書き出し、意思決定者が次の一歩を決めます。原典によれば、2回目以降のスプリントは、たいてい1回目より速く進みます。
5日で決まらないとき
5日で決まらないこともあります。決まりにくくなる条件は、ここまでの説明の裏返しです。
- 意思決定者を置けない。または、置いても実際には決める権限がない
- 問いが大きすぎて、5日目の顧客テストで確かめられる形にならない
- テストに協力してくれる顧客を確保できない
いずれも、5日間の中ではなく、始める前の準備で決まります。原典が最近、最初のデザインスプリントの前に、2日間の「ファウンデーション・スプリント」で検証すべき仮説を作るよう勧めているのも、二つめの条件への対応と読めます。
私の関わり
最初にデザインスプリントのファシリテーションをしたのは、2018年頃です。当時は拙いものでした。それから40チーム以上、約100回のスプリントに関わってきました。作り込む前に顧客に触ってもらうことにこだわる理由は、「使ってもらうまで、わからない ── 私のプロダクトマネジメントの原点」に書きました。
半年の議論を5日にするのは、速さを競うためではありません。作る前に、止めるべきものを止めるためです。

ピンバック: 使ってもらうまで、わからない ── 私のプロダクトマネジメントの原点 – system management and control, limited.